雑記

ゲームの記事はネタバレを含みますのでご注意ください。

植物の話

違う家に住んでいる夢をよく見る。大体は現実より広くてものが少なくて楽しい夢だ。
新しい豪邸のこともあれば、今住んでいる家に「そういえば使ってない部屋があったじゃん!」と気づくというパターンもある。いっそ悲しくなってくるくらい願望丸出しである。
現実には広さにはそんなに困っていないのだが、片付けるとか空間を活用するとかが下手すぎる。すぐに謎の荷物の山を作る。細かいものは無駄に買ってしまうし、大きな家具の買い替えは踏ん切りがつかなくてできない。

今朝の夢ではベランダだか屋上だかに4坪ほどの広さの畑があった。
鉢植えをたくさん置ける広いベランダというのは夢のおうちのよくあるパターンではあるのだが、今回は畑。底はコンクリで地面と繋がってはいないと思うが、全面土であった。新しいパターンである。
作物は何も植っていないが、準備万端に手入れされたフカフカの土。夢の中ではその後ピクミンが生えてきてしまって野菜の収穫などはできなかったのだが、なかなか夢のある光景だった。夢だけど。

夢の中のピクミンはちょっと怖かった。勝手に出てきて家の中を歩いてる奴らは可愛かったのだが、畑に生えたピクミンの芽(?)を目の前にして抜くのを躊躇してしまった。土の下にうっすら黄色い本体も見えていたのだけど、引っ張って途中でぶちって切れたらどうなるのあれ。怖がって抜かないでいる間に芽部分が萎れてきたのも怖かった。土の中の本体はどうなってしまったのか。

観葉植物は結構好きで、もう20年近い付き合いの株もある。結構枯らしてきてもいるので根腐れと病気と日光不足に強い奴しか生き残っていないのだが。

最古参はおそらくプミラ。確か21歳か22歳くらいの誕生日に貰った小さい水苔トピアリーの下植えになっていたやつだ。
水苔の方は枯れてしまったのだが、プミラはハイドロカルチャーに移し替えて生き延びた。今もある株は口の小さい瓶に細かいレンガのカケラ(セラミス・グラニュー)を詰め込んだものに植っているので瓶を割らない限り植え替えもできないのだが、いざとなれば切った枝から簡単に根が出た、はず。

次がパキラかカランコエかが不確か。
パキラはハイドロカルチャーのものを自分で買った。京都在住時代なのは確かだが具体的な年は覚えていない。何回目かの植え替えで土栽培になり、少しずつではあるが着実に成長している。
よくあるねじねじに編まれたものではなく一本の太い幹のタイプ。太い幹といっても買った時には人差し指と親指で作った輪っかに入る程度だったはずなのだが、今測ったら外周30cmあった。
ハイドロだの鉢植えだのでなければもっと大きくなるものなのだろうが、我が家の推定最大株である。

カランコエは花としてプレゼントにもらった。多分25歳前後でそれぞれ別の人から2鉢もらっている。白い花のとピンクの花のとがあったのだが、今生き残っているのは全てピンク。
大変徒長しやすくもらった時のようなみっしりした状態は見る影もないのだが、切った枝が少し放っておくとすぐに根を生やす、なんなら落ちた葉からも根と芽が出てくるので、子株を残そうと思えば永遠に残せてしまう。
我が家で唯一観賞用の花を咲かせる植物である。毎年花を咲かせてくれる。植物は全て猫が自由に出入りできない場所に置いているのだが(有毒のものもあるし、無毒でも猫に齧られて植物の方が弱ってしまうので)、花くらいは部屋に飾りたいなと思っても有毒。やはり猫が出入りできず人間の目にはつきやすいところに、ということで毎年トイレに飾られている。

ちょうど10年いるのがマコデスというランの仲間。花もつけるのだが非常に地味で、葉っぱの方が美しいという植物である。
ググってもらえればわかるのだが葉脈がキラキラと光るようでとても美しい。
今はやや浅い鉢に植っているので伸び悩んでおり、植え替え予定。吊り下げポッドとかに入れてみたいのだが猫に襲われない良い場所がない。

おそらく同じく10年前からいるのがアボカド。アボカドの種から発芽させることができるらしいと知って、その辺のスーパーで買ってきたアボカドの種で試したら本当に発芽したやつである。
おそらく通気性の悪い室内にいたせいで炭疽病になり、枝にもカビがついたのか根絶できずにずっと黒い部分があったりするのだが、夏場は特に葉がやられるよりも増えるスピードのほうが早い。
地植えにすると恐ろしい大きさになるらしいので、こちらも生命力というか成長の勢いの強い植物なのだろう。
鉢植えなのでそこまでの大きさにはならないが、我が家では最高樹高。枝張りの横幅と幹の太さはパキラが圧倒的に上なので「最大」はパキラと思っているが、我が家の二大巨頭である。

これまた貰い物で、おそらく9年ほど前のものが多肉植物2種。
友人が伊豆のシャボテン公園のお土産でくれた寄せ植え5種ほどのうち、増えたやつと追いやられて枯れたやつがいた。生存競争を見た。
生き残った2種は鉢を分けている。品種は不確か。多分ハオルチア・オブツーサの尖った葉形のやつと、同じくハオルチアの鷹の爪というやつ。
こいつらも放っておくとぐんぐん縦に伸びる。カランコエも徒長するので日照不足なのだろうか。南側に置いてはいるのだが、ビルで遮られるせいで日中ずっと日光が当たるわけではない。
カランコエが葉っぱ少なめ茎細めでひょろひょろ伸びていくのに比べると、みっしりと太いまま伸びていって支えきれなくなって地面に倒れ込んだりしているので、徒長とも違う、そういうものなのかもしれない。

その後もサボテンを買ってきて枯らしたり、さつまいもの切れ端から芽を出させて育てようとして収拾がつかなくなったり、プランターで紫蘇やバジルやパクチーを育てようとして虫に泣かされたり、一夏限りだが枝豆を育てて食べたり、拾ってきた桜の実から発芽させられないか試したりしていた。
やはり虫害が一番つらい。普通に嫌すぎる。人間が食べるような作物は虫にとってもご馳走で、虫のことを考えたくないので食べられるものはもう二度と作りたくないと思ってしまった。
それほどまめな性質ではないし、今は猫がいるので自分の中での植物の優先度は落ちている。ホームセンターの園芸コーナーに行くたびに可愛い多肉植物を見て惑ってしまったりはもうしない。
それでも長い付き合いの植物たちは、静かにずっと私と一緒に生きてきてくれた生き物ではある。
植え替えサボらずにちゃんとやらないとね。

Blaugustの振り返り

8/1から30日間続けて、8/31だけ落とした。飲み過ぎました。
なんとも締まらない終わり方だが、30日続いた時点で私としては上等と言えよう。

毎日何かしら書こうとしてみると、案外なんとかなった。
何も書き残さずに過ぎる一ヶ月よりも書くべきことが多かったわけではないだろう。
毎日書こうと思うと、書くほどのことでもない当たり前のことも出てくる。そういう日常のことは意識して目を止めないと簡単に忘れ去られてしまうし、ずっと当たり前でい続けてくれるわけではない。現在の自分が思うほど無価値でもないのだ。
とはいえ何か書こうと思うと現在の自分にとっても価値があると思えることを書きたくなるのが人情。連日書こうとすることで、取り繕えるネタが早々に尽きたことが良かったように思う。
365日はやらなくても良いけれど、たまにやってみるのも良いなと思えるイベントだった。

以下、後日譚という名の蛇足。

  • 多分8月に茄子100本くらい食べた
  • バナナブレッドの強力粉100%はまだ試せていない
  • 黒神話:悟空は買わなかったもののアーマードコア6も進められていない
  • Trash Goblinは無事クリア。エラー強制終了が多かったものの結構楽しめた
  • 猫たちは元気です

Blaugust day30 「筋肉」

髪を切って結べなくなって、引っ詰めているよりは横に広がるシルエットになったら、壁を登っている自分の肩幅が小さく見えて面白かった。

肩幅はもともと狭く、ひどいなで肩だったのだが、クライミングをやって肩と呼べるシルエットができるようになった。
クライミングをしていると当然ながらクライミングに使う筋肉が育つ。こちとら中年女性なので若い男性のようにはいかないが、やっていない時よりは当然つく。
礼服の7号の胸のあたりの高さがジッパー閉まらず11号になったり、ピッタリめのTシャツが脱げなくなったり、フレンチスリーブを着るとスギちゃんになったりする。

肩は服を着ていてもわかるが、それ以外では一番目立つのが背中の、たぶん大円筋というやつ。腋の下にコウモリの翼膜みたいな斜め線を作るやつである。
「太くなった」ではなく「そもそも存在していなかったものが出現した」という感覚だった。腕とか脚が太くなるのはわかるんだが、これはなんなんだ、という。
着替えるのを面倒がってタンクトップで登った時の動画など我ながらちょっとテンションが上がる。なんかモコっとある!と。
筋肉がつくのを女性らしくないと嫌がるような女性はクライミングをそもそもしないので、自分で喜んでしまったり他人を見ていいなと羨んだりする。特殊な世界である。

大きくなったのは背中だけで、腕はそもそもそこまで太くなっていない。指先の屈曲の筋肉がある下腕の内側はほんのり膨らんだが、上腕は全然。キャンパで肘曲がりません。
強い女性クライマーを見ても腕の筋肉もりもりという感じはないので、それはまあそういうものなのだろう。男性と見紛う背中の方とか、腕の筋がすごい方はいるが。

指の筋肉は小さい分育つのに時間がかかるのだという。私はまだまともに初めて3年も経っていない。同世代や少し上の女性たちにはおそらく20年近くやっているのだろうという方もいて、保持力が雲泥の差だ。
あと10年とか続けていればあのくらい強くなれるのだろうか。
10年。更年期で太ったりするだろうし、そもそも病気をするかもしれない。職場環境も今と同じではないだろうし、実家の両親の介護もどこかで何かしら必要にはなるはずだ。
ペースがガクンと減る時期はできるだろうが、完全にやめてしまわないでいられるといいなと思う。
指の筋肉、ゆっくりでいいから育ってほしい。

Blaugust day29 「ドライヤー」

髪を切った。2年ほど前にボブをやめて伸ばし始め、ずっとミディアムをキープしていたのだが、湿度に負けて切ってきた。
軽い。カラーをしていないので真っ黒、美容師さんの足元に落ちた毛を片付ける前に見せてもらったが、かなりのボリュームであった。体重ちょっと軽くなってたりしないかな。

基本的にロングヘアで生きてきた。癖毛で広がりやすいので結んでしまいたいのだ。
今回はショートボブ、結べない長さである。寝癖の誤魔化しが効かないので朝は若干不便になるが、夜のドライヤーはかなり楽になる。

お風呂は好きで、暑い日でもなるべく湯船に入るようにしている。体を洗えばさっぱりするし、シャンプーブラシで頭をゴシゴシやるのも気持ちが良くて好きだ。
しかしそのすべての良さを食い潰す勢いで風呂に入りたくないと思わせる負の要因が夏場のドライヤーである。
少し前のモデルではあるがダイソンの風量の大きいものを持っており、ロングだった時も刈ったり梳いたりして減らしてもらってはいたのだが、それでもドライヤーは時間がかかる。汗をかく。
冬場なら洗髪だけ2日に1回にしてしまったりもするのだが、夏場はそうもいかない。
毛先まで乾かすなんてことはとてもできないので、根本だけ乾かしたらあとは野となれ山となれと思って枕の向こうに髪を置いて眠る。大体朝起きたら池田理代子の『女帝エカテリーナ』のエカテリーナのようなシルエットになっている。

全自動ドライヤーなんてできないんですかねえと美容師さんと話していたら、そういう機械自体はあるらしい。個人宅に置くようなものではないが。
ただカーラーなどをしっかりセットしてから頭にかぶせるもので、風を当てながら手で整えたりブラシを使ったりすることはできない。
家庭用ではドライヤーを固定できる台か何かはあるようなのだが、風を当てたい方向に合わせて自分の頭を動かすことになる。真上から頭頂部に当てたい時とか襟足に下から当てたい時つらそう。
なんだかんだハンディが一番便利なのかもしれない。
音がもっと静かになれば動画を見たり音楽を聴いたりできるのに、とは美容師さんが言っていた。確かに時間がかかる単調な作業なわりに、「ながら」がしづらいのも苦痛ポイントなのかもしれない。
私は大体スタンドをつけたタブレットに電子書籍を映して読みながらやっていた。

夕方に切ってもらった時はいつも夜の洗髪を省略できるよう整髪料はつけないでいてもらうのだが、今回は久しぶりに短くしたのでスタイリングを教えてもらった。
なので夜の風呂でもシャンプーしたのだが、短いというよりはもはや「ない」という感覚である。後ろにずっしりと居たやつがいない。すすいだ後絞るものがない。手櫛がすぐに抜ける。なでつけてまとめようとする手が空振りする。
仕草の癖は少し残りそう。
ドライヤーは期待通り早く終わって快適だった。

Blaugust day28 「ゆらゆら」

かねてから夕方に会社の人たちとボルダリングに行くことにしていたのだが、業務終了はギリギリだった。
昨日歯の詰め物が取れて(1ヶ月半ぶり今年2回目)朝イチで歯医者に行っていたせいで始業が遅かったせいもあるのだが、お尻に火がつくまで集中力がまるで出なかった。
気がかりなことがあり、気を抜くとすぐ仕事から意識が逸れてそちらのことを考えてしまう。
お尻に火がつかないと集中できない。お尻に火がつくのが遅い。自分の集中力にそこそこ自信があり、集中すればこのくらいでできる、の見積もりが甘いせいだ。
大体少し足が出ているくせになんとか終わったからでよかったことにしてしまっている。
よくないなあと思うのだけど、癖がなおらない。コツコツ地道に、本当に苦手。

気がかりは時間が解決してくれるものだ。今それについてあれこれ考えても仕方がないのだが、意識を取られてしまう。
多分それについて考えるのが楽しいのだ。関心を強く引かれるということは、喚起する感情がポジティブなものであれネガティブなものであれ、エンターテイメントなのだと思う。
強い感情を喚起するものに注目し集中するようにできている。そこに気を取られないものより、気を取られるもののほうが子孫を残しやすかった、のだろう。
摂取カロリーは十分なのに美味しいものを味わうのが楽しいのと同じように、ヒトという種が今ここにある現実に合理的なようにはできているとは限らない。
そのくせ自分たちを論理的だとか思いたがるのがまた人間というもので、「自分がこうなってしまうということはそこに理があるのでは」と信じたがって変な理屈をこねくり出すことすらする。自分の思考は非合理的なのだと認める合理性はない。

「人間らしい」「人間的である」という言葉は、ある時までは「獣ではない、理性がある」を意味しており、ある時からは「機械ではない、感情がある」に変わった。
いま、AIは獣や機械に代わる新しい対立概念だ。これから「人間らしい」は「AIではない」を意味するようになるのだろう。
「AI」側の特徴は性能によってだいぶ代わるのでまだまだ固まらないだろうが、ある程度性能が収束したら、AIではなく人間である、は何を意味するようになるのだろう。

不合理な太古からの本能とか、ホルモンバランスによる揺らぎとか、そういう肉体の生理と不可分な特徴が残るのではないかと思う。
かつては「獣ではない」だった「人間らしい」は、一周回って「動物である」を意味するようになる。んじゃないかなあ。どうだろうね。

自分が理性で動いているわけではない、論理的なわけではない、という自覚を持つことは人間たちにとって良いことであるように私は思う。論理的であることを目指すことすら放棄されても困るが、自分自身の感情の揺らぎを計算に入れないのは危ういことであると思うので。
正しくない、合理的でない、グラグラした自分を受け入れ、折り合いをつけていくこと。月経前症候群に悩まされた経験のある女性ならこのことの悲しさは知っているだろう。乗り越えらる人ばかりでもないだろう。
そういう揺らぎが自分には一切ないのだと信じていられる人のほうが幸せなのかもしれない。だが私はそういう人を羨ましくは思わなかった。ああはなりたくない、と思っていた。

自分が正しいと確信を持てないのに生きていく、前に進んでいくのは怖い。
だがまあ、あなたは悪くないと味方についてアドバイスをくれる存在はどんなに人付き合いに恵まれない人にでも今や無料でチャットを返してくれるようになったのだ。
個人個人は生きやすくなっていくんじゃないかなと思う。
人間関係は少し変わるかもしれない。農村から都会への変遷のように。そういう影響が出ることを実感できるまで、私は生きられるかな。

Blaugust day27 「焼肉」

月一の集まりで焼肉に行ってきた。

飲み会が好きで、外でならお酒をそこそこ飲むのだが、焼肉だけは話が別。
どうしても白ご飯が食べたい。飲み物はウーロン茶がいい。
コリコリ系ホルモンならまだいいのだが、肉の味がして脂も乗っていようものならビールなんて飲んでる場合じゃない。米をください。

今日は酒好きの集まりだったので飲むかなと思っていたのだが、ダメだった。人の顔ぶれより肉が勝った。
ステーキなら米もパンもなくて大丈夫。ハンバーグはケチャップ入りのソースならご飯が欲しいが、デミグラスソースならいらない。タレとかソースが甘いとお米モードになるらしい。
甘いタレといえば蒲焼。鰻の蒲焼にご飯がなくて酒だけでなんとかしろって言われたら泣いてしまう。白焼きならご飯がなくてもいける。
タレの焼き鳥は串に刺さっているとなぜかご飯と合わせるという発想がなくなるのだが、セブンで売っている異常高タンパク弁当、焼鳥丼は好き。甘いタレとご飯がよく合うと思う。

つまり酒か米かの決定に関わる判断材料の優先度の大きさとして、

食べるものの形状(ご飯のおかず感があるかどうか) > 味付け(甘いタレだとご飯)> 人間の顔ぶれ(よく飲む人たちなら一緒に酒を飲みたくなる)

という式が成り立つ。成り立つか?

甘いという時点で砂糖 = 炭水化物が入っているだろうに、それでご飯が欲しくなるんだから不思議なものだ。

Blaugust day26 「湿度」

暑い日だった。
先月新しく作ったメガネの調光機能は非常に便利で、外に出ても眩しさで目が痛くなることはなくなった。日傘だけではアスファルトの照り返しは防げない。
おかげで少し暑さによる疲労感がマシになった気がする。
日傘、日傘の柄に装着したハンディファン、屋外ではサングラスにしか見えない調光メガネ、首にはクールネックリングの完全装備で出勤している。クールネックリングは会社に着く頃にはなんの冷たさも感じなくなっているが、ないより遥かにマシだ。

しかし頑張って日光を防ぎ体を冷やしてもどうしようもないのが湿度である。
夜にはボルダリングに行ったのだが、冷房が効いているのにかなり汗をかいた。
手汗はそれほどかかない方で、チョークなしではさすがにヌメるが薄くつけてしまえば大体大丈夫なほう。加齢後の皮膚をしているとも言う。
しかし手のひらは乾いていても首から下は大汗をかいていたりする。

汗をかく習慣がないと顔にばかり汗をかくようになると聞くし、悪いことではないのだと思うのだが、顔にかかないわけではないのが困りものだ。
ファンデーションが流れて白シャツの襟首についたりすると最悪。汗滲みが嫌でアイライナーやマスカラはこの季節ほぼつけないのだが、ノーメイクというわけにもいかない。タオルで顔をゴシゴシ拭いている男性を見かけるとちょっと羨ましいなと思う。

ゴシゴシできて羨ましいと言えば、短髪にも憧れる。今は襟足を刈り上げてはいるが上2/3くらいはミディアムくらいあり、とてもじゃないが暑くておろせないのでずっと結んでいる。
というか冬でもずっと結んでいる。癖毛だしパサパサと広がるので信じられない量のヘアクリームを揉み込まないと下ろせる姿にならない。
どちらかというとアップスタイルが好きだから短くしないでいる。それはそれで気に入っているからそうしているのだし、結べるからいいのだが、風呂上がりのドライヤーだけはつらい。

週末に美容院の予約を入れている。
暦の上では夏も終わるこんな時期になってバッサリ切ろうか、やや悩み中。